セイコー 5126ムーブメント:時代に逆行したようにみえる「間接中三針」の再登場

1. 国産時計の覇権をかけた「本三針」への転換

以前、BLOGで取り上げたCITIZEN デラックスの記事でも触れましたが、
1950年代半ばまで、時計はスモールセコンド用の機械に歯車を重ねた「間接中三針」が主流でしたが、
構造的に厚く、複雑な構造という課題を抱えたムーブメントでした。

この歴史を塗り替えたのが、1956年登場の「セイコー・マーベル」です。
日本初の本三針(センターセコンド)専用設計により、薄型化と圧倒的な高精度を実現し、
国産時計の基準を一気に引き上げました。

対するシチズンは、あえて熟成された間接中三針構造を極限までブラッシュアップした「デラックス(1958年)」で応戦します。
間接式ながらマーベルを超える薄さを実現し、驚異的なセールスを記録しましたが、
その後の市場の評価は「これからは直接式の時代」へと完全に傾いていきました。

こうして1960年代初頭には、間接式は「過去の技術」として表舞台から姿を消したはずでした。
だからこそ、数年後にセイコーから登場した51系が「間接式」を採用していたことは、まさに歴史のミステリー???

2. なぜ1960年代後半に「間接式」が復活したのか

1967年に登場した51系(5126/5106など)が、あえて間接中三針を採用した理由は、
ズバリ「自動巻きの合理化」と「カレンダー機構の進化に伴う最適化」にあります。

  • 薄型化への再挑戦:
    本三針は中央に四番車を配置しますが、自動巻きユニットや日付・曜日ディスクを重ねると、
    逆に厚みが増す原因になります。
    51系は、二番車を中央からオフセット(配置をずらす)させることで、中央に日付・曜日機構を配置するスペースを確保し、
    ムーブメント全体の厚みを抑える、戦略をとったのだろうと思うわれる。
  • 5(ファイブ)シリーズの量産体制:
    当時、セイコーは若年層向けの「セイコー5」を爆発的に普及させる必要がありました。
    51系は、自動巻き、デイデイト表示、そして「リューズを押し込むことで日付が変わるクイックチェンジ」を組み込むため、
    あえて設計自由度の高い間接式を選んだと考えられます。

3. 技術の進歩が「弱点」を克服した

かつてマーベルに敗れた間接式と、51系の間接式では決定的な違いがあります。

それは「加工精度の向上」です。
1960年代後半のセイコーは、すでに世界トップレベルの量産技術を持っていました。
かつて懸念された「出車(でぐるま)」による針のバタつきや伝達ロスを、精密な製造技術である程度、カバーできるようになったため、
レイアウトの自由度というメリットだけを享受できるようになったのです。

4. なぜ「間接式」が再登場したのか?

1960年代、マーベルやデラックスの時代には、間接式は「本三針が作れないから代用する技術」でした。
しかし現代のセイコー(および世界の時計メーカー)にとって、間接式は「特定の目的(薄型化や複雑化)を達成するための、高度な選択肢」に昇格したのです。

「5126は、単なる先祖返りではなく、後に高級機が採用する『機能優先のレイアウト』をいち早く大衆機で実践した、先駆的なモデルだった」

5. 最後に

間接中三針と言えば、やはりCITIZEN ジュニア、マスター、デラックス、また、現在のミヨタ8200系(Cal.8205など)が頭に浮かびます。
また、かつての時計大国『ソビエト』のBOCTOK コマンダスキー、アンフィヴィア。
この2大ブランドが、かつて採用していたムーブメントと言うイメージが私にはあります。
個体にもよりますが、間接中三針特有な秒針のブレと言いますか、「わずかに粘る・震える・遅れることがある」動き、
これまがまた、味わい深いんですよね。
時計本体を振ったりすると、一時的に秒針が停止したり、、、
当社では、BOCTOKを取り扱っており、多くの修理、メンテナンスを行って参りましたがので、
間接中三針のムーブメントには、思い入れがあるんです。
時代を経て、再登場した51系ムーブメント『5126』、SEIKO5、感慨深いですね。
今となれば、SEIKOのシリーズ、あの『SEIKO5』を支えたムーブメントでもあり、
『機能優先のレイアウト』をいち早く実機に落とし込んだのですから!

5126のテンプの動きを動画でご覧ください